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あんかけ湯

2年前。川上弘美に出遭ったのは、これが最初。

蛇を踏む

読んだのは新幹線の中だった。
目を上げると、車窓の風景は
飛ぶようにスイスイと明るく流れていた。
一方で、書物の中では
ゆっくりとゆっくりと、ものがたりは進み、
いや、進んでいるともいえない。
終わりそうで終わってゆかない。

その落差に酔った。
吐きそうになった。
たぶん毎食カレーを食べ続けると同等の気持ち悪さだ。

なんだろう、この読後感は。
本当に、蛇踏んだ、思い。
ぬめぬめした冷たい液体に足をとられ
その濃度のせいで水底に足が付きそうで付かない不安感。

私は、あるひとに逢いにゆかねばならなかった。
その心細さとシンクロしたのだろう。

書物のなかでは、
無気力なひとびとが
もはや死んでいるようなひとびとが
何もなさずに日々を人生を終わってゆく。

でも、私は立ち向かわなければならない。
(そうしたくなくても)

もう川上弘美を読むことはない、と思った。
本は降りた駅で捨てた。

ふと、また読んでみよう、と思ったのは
先月、ホテルにこもる前に立ち寄った本屋でのこと。
平台に並ぶ中に、その本はあった。

文庫本の装丁が美しかった。
ひらがなだけのタイトルも美しかった。
ナイフでぽりぽり彫ったような書体も美しかった。
手にしたのは

ゆっくりさよならをとなえる

ホテルにてチェックイン。
部屋に入ると、すぐに
いい香りの泡のお風呂で体を温める。
音楽はENYAにする。
ハーブティを飲む。

そして読む。

ああ、なぜだろう。
かつて感じた不安(ふあん)感が“ふわん”感に変わる。

そのとき私は開放されておだやかだった。
その思いとシンクロしたのかもしれない。

「ぬめぬめとした冷たい液体」は温度を上げ、
とろ濃ゆの、あんかけ湯に変化する。
やはり水底に足はつかないが、
体が浮遊するような、たゆたう感じは
むしろこころを解き放つ。

じっくり浸かることにする。
早く読み進めることはしないでおく。
(私は自称・速読女王なのだが)

ふと「蛇」と「虹」は似ている字だと思った。
私が踏んだのは虹かもしれなかった。
by senriko | 2005-01-22 16:18
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