グアテマラ

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逢いたいひとがいるのに
忙しいから逢いにゆけない(ゆかない)というのは
理由にならない。

ゆけばいいのだ!ゆけ!

・・・と弾かれるようにマダムのお店に向かう。
ここは居心地がよく、小一時間ほど長居してしまうのが
いつものことなので、時間を作るゆとりすらない今の状況では
ゆけないところだと思い込んでいた。
15分でいいのだ。10分でもいいのだ。

カランコロンとドアを開けると
マダムは、これ以上はない柔らかな笑顔で
いらっしゃいませ、と迎え入れる。
久しぶりね?どうしていたの?などと
余計なことは詮索しない。

けれど、私が着ている服と同色のカップを運んでくれる。
そして私の思いを知るかのように、
ここ数日の「心の花」である
薔薇のモチーフのスプーンレストを添えてくれる。

今日はグアテマラ。
・・・おいしい。
しあわせとは、この味を言う。

今日、携えてきたのは「葉桜と魔笛」。
読み進むにつれ、忙しいから読めない
と言ってはいけないものだった、と気づく。

来てよかった♪
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# by senriko | 2005-05-22 13:08

さくら桜sakuraサクラ

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先週は日帰り出張。

帰りにゴッホ展を見てきた。
平日なのに込んでた。
これは、そこでお土産に買ってきた桜のマグカップ。

描かれているのは、本当はアーモンドの花らしいけれど、
浮世絵の影響を受けたゴッホらしく
ごつごつした枝ぶりといい、くすんだ空の色合いといい、
これは、どうにも私好みの桜絵図。
なので「センリコカップ」と密かに命名し会社で使っている。

カップに入っているのは、
ネスレ香味焙煎モカブレンドに、
UCCザ・ブレンド114を少々混ぜたもの、
味の素パルスイート、熱湯。
んん~!やるわよ~!おしごとっ!

アーモンドの花の絵の実物は展示されていなかった。
東京の桜は、すでに終わっていた。
・・・残念!(波田陽区)

ゴッホ展を見て、感じたことも多かったけれど
それを言葉に表すには、少し熟す時間が必要みたい。
そのうち書くかも、書かないかも・・・?

私が住んでいる街の桜も、もう終わった。
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# by senriko | 2005-04-26 16:40

さくら桜sakura

千里香は、白い八重咲きの桜らしい。

千里香(senriko)は、もちろんHNなのだが、
本名自体ヘンテコなので、登録するときは、
これではなく、自己陶酔系の
麗しい語感の名前にしたかった。

ところが、自分に酔い痴れたい人は、
私以外にもヨノナカにたくさんいるようで、
その名前は、ハイフンや英数字をからませたものを含め
大量にエントリーされていた。
それならば、と、第2候補、第3候補を入力してみたものの、
同じ結果に。
あぁぁ~、どうしよ・・・。
そもそも「5分でできる」の謳い文句にそそのかされて
「ブログをはじめよう!」と思い立ったのが、
そうとう深夜だったので、頭は全然働かない。
いくら時間をかけても思いつかないし、面倒になってきて
せっかくの決心も鈍りかけた。

で、ふと思い出した言葉を
えぇぇ~い!とイキオイだけで入力してみたら幸いに誰もいなかった。
よし、これにしよ!というか、これになってしまった。

千里香(senriko)に決めたのは、本名にちなむ言葉だったからだ。

小学校に入学したてのころ、こんな宿題がなかっただろうか?
「自分の名前の由来を、お父さんお母さんに聞いてきましょう」

自分はいかに愛されて生まれ育ってきたかを
名前から自覚させる教育なのだろうが、過酷な宿題だった。
私には、聞くべき「お父さん」も「お母さん」もいない。
私の名前は父が付けたらしく、
父と私をつなぐものはそれしかなかったが、
祖父は私のそれを嫌っていて、
自分で勝手に付けた名前で私を呼んでいた。
だから祖父には聞けない。
そこで「私の名前、どういう意味?」と
恐る恐る夕食の支度をしている祖母に聞いた。
祖母は背を向けたまま「知らね」とだけ小さく言った。

(・・・はい。自分で考えなくちゃ)
6歳で「聞いてはいけない質問」があることを悟ってしまった。
どんな答えを先生に告げたかは覚えていないが
「私、なんて嘘つきなんだろう」という罪悪感だけは残った。

9歳のときに祖父が、20歳のときに祖母も逝った。
みんな秋だった。

祖母の遺品を整理していたら、黄ばんだ細い帯状の紙が出てきた。
そこには、活字で、こう書かれていた。
「5ジ20フン、センリコ、ウマル」
日付が書いてあって、それは私の誕生日。
私が生まれたことを知らせるための電報だったらしい。
祖母はなんでも取っておく人だったが、こんなものまで・・・
と思って、ふと気づいた。

あ。私、生まれる前から名前がついてたんだ

ぽたぽたと涙がこぼれた。

3年前、父に逢った。
父にはそれを含めて2度しか逢っていない。
一度目は、おたがいにギクシャクして、ほとんど会話にならなかった。
二度目に訊ねてみた。
「私の名前、どういう意味?」
すると父は
「中国の故事に出てくる『千里先から香る花』からとったんだ」
と言った。
そして、それから間もなく逝った。
やはり秋に。

しばらくして「千里先から香る花」を調べてみたが、
私の名前とは全く所縁がないことが分かった。
父自身、由来は忘れたのかどうか。

senrikoブログをはじめて4ヵ月。
ついこの前、Googleで「senriko」を検索してみた。
千里香(senriko)という名の桜があり、中国茶もあるのを知った。

お茶は、いつか飲んでみたい。
ねがわくは花(senriko)のもとにて・・・。
   ↑
自分に酔い痴れてます~。
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# by senriko | 2005-04-18 18:09

さくら桜

花が実る、という表現はおかしいけれど、
桜の花には、それが許されると思う。
こんもりと、たわわに、実るように、咲く。

今日の天気予報では洗濯指数は高くないが、
ベランダに洗濯物を干した。
小学校の校庭の桜の花は開きはじめ、
枝の輪郭があいまいになり、色味も淡くなってきた。
桜には青空より曇り空が似合う気がする。

16歳のころ。
それまでぼんやりとしか分からなかった
自分の背景の輪郭が急に見えてしまった。
その線のあまりの太さに濃さにおびえた。

太宰治に出遭ったのは、坂口安吾より少し前だった。
初めて読んだのは「斜陽」だったか、
「生まれてきてすみません」のフレーズが
自分の心境に添いすぎて、一気に溺れた。
読み浸り、読み耽った。
女の子は、自分の父親に似たひとを好きになるというが
そうなったのは、私の父は太宰に似ていたのだと思う。たぶん。

「しくじった、惚れちゃった」と言ったかどうか
父は母に出遭い、私は生まれた。
父も相当エキセントリックな人物だったらしい。
そして「生まれてきてすみません」
と謝罪はしても償うことをせず
「桜桃」の種をぷっと吐くように、母と生まれたばかりの私を捨てた。

だから、たとえ愛せなくても火の中をひきずるように
「白痴」の女を連れてさまよう安吾のほうに心惹かれた。
安吾の底知れぬ妙な強さをしって
太宰と父の呪縛がゆるんだ。
(ほどききるまでに、なお時間がかかったが)。

そのころ、私と同じ思いを持つひとなのか、と、
太田治子の著書もいくつか読んでみたけれど
いつまでも甘ったるくて、友達になれそうもない、と感じた。


母は、私が小学校に入学する前の年の秋に逝った。

入学式の日、たくさんの子ども達が母親と手をつないで
桜の並木の下を歩いていた。
私がつないでいたのは祖父の手だった。

桜には、千里香(senriko)という品種もあるらしい。
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# by senriko | 2005-04-13 16:16

さくら

新学期がはじまった。

どうしたって遅刻だろ?と思える時間に
玄関で紺ソを履き、ローファーをつっかけて
慌てて家を出たところをみると、
娘はどうにか進級できたようだ。

3月に16歳になった。
娘はいったい何を考えているのだろうか?
私はこのころ何を考えていただろうか?

猛威をふるったスギ花粉がおさまり
ようやく外に洗濯物が干せる。
もうすぐ桜の季節だ。
高台にある息子の小学校の校庭の桜の並木が
ベランダから見える。
ほころびかけた蕾の赤が初々しい。

16歳のころ。
「桜の森の満開の下」とか
「私は海を抱きしめていたい」とかいう
いかにも女の子好きするタイトルに惹かれて
坂口安吾なんか読んでしまったような気がする。
そういえば他にも同じ理由で予備知識なく
「限りなく透明に近いブルー」も手にした。
ハッピーエンドが待ち受ける世界少年少女文学全集の
世界観しかなかった私には衝撃が強すぎた。

「赤毛のアン」「あしながおじさん」「小公女」
なんで、こういう少女小説の主人公達は
みなしごなのに、健気でひたむきで可愛いのか?
私にはアンと同じく、幼少にして、すでに親はいなかった。
共感できた部分もあるけれど、
アンのあまりの明度の高さに
ちょっと嘘寒さを感じて飽きてきたころでもあった。
私はアンのようにはなれないと
僻み嫉み羨みがあるのを自覚したうえで
もっとヒネてもいいような気がした。
だって、ヒネたくもなるよなオイタチなのだから。
今ならもっと、ヒネて、それを許されていい、と言ってあげたい。
が、実際そのころの私は「許される」ことはない諦めを抱いて、
「認められる」ために、鼻につくよな「いい子」だった。

数年前、「赤毛のアン」の作者、モンゴメリ自殺説を
読んで、ああ、ありかも、と思った。
彼女自身、アンの世界をほんとうに生き抜こうとして
かなり無理して、生き切れなかったのだ、と感じた。
笑顔のアンが泣いていた。
やっとアンの友達になれそうな気がした。
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# by senriko | 2005-04-11 19:37

モカマタリ

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おひさしぶり♪

ずっと死にそうに忙しかった。
気がついたら春だ。

気がついたら左手首の
ガングリオンがでっかくなっちゃった。
(↑マギー審司はいりました~)

ガングリオンとは?
解説しよう。
ガングリオンは遥か宇宙の彼方から
われわれ人類を救うためにやってきたヒーロー
・・・ではなく、手首にできる良性の腫瘤。
早く言えば、こぶ。

硬い円形の袋状の腫瘤で、皮膚の表面が盛り上がり、
中には薄黄色&透明なゼリー状の粘性物質が溜まる。
ほっとくと自然に消えることもあるが
逆に大きくなることもある。

私の華奢な(?)手首にできたそれは
2センチ大に膨れ上がったのだ。
それはもう、今にも皮膚を突き破って
エイリアンが飛び出してきそうなくらいに。
人類を救うどころか壊滅させちゃうじゃん。
痛みはないが不快感は十分。

仕事もようやく一段落したので、
外科医に注射で、ちゅちゅ~っと中身を
吸い取ってもらった。
痛かった~。かれこれ3回目になる。

泣かなかったご褒美に(笑)
帰りには、ひさしぶりにマダムのお店に行った。

今日はこんな感じのカップだ。
例の「スプーンレスト」は、左上段。↑
スミレの絵柄。ここにも春~♪
右上段の「手かご」っぽい器はクリームの空容器を入れるもの。

お菓子はジンジャーブレッドを選んだ。
またマダムがおまけにクッキーを添えてくれた。
ケーキがスパイシーな分、やわらかな口当たりのモカマタリを選んだ。
思ったとおり相性よく、おいしかった♪
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# by senriko | 2005-04-05 16:53 | おひとりさま

鴨南蛮

1箇月ほど前の話になる。

サカタさんの奥さんのミホさんが
突然、我が家を訪ねてくださった。

サカタさんとは、夫の元同僚かつ友人。
サカタさんは昨秋亡くなった。46歳の若さで。
残された家族(というコトバは好きではない)は、
ミホさんと中学生の女の子、小学生の男の子と女の子の4人。
末の女の子には知的障害(というコトバは好きではない)がある。

サカタさんは、職人肌のシステムエンジニアで、
妙に頑固で融通の利かない面があり、
上司ウケはよくなかったそうだ。

その代わり、その頑固さは趣味に活きた。
サカタさんは、蕎麦打ちが玄人並みに上手かった。

玄蕎麦は地産のもの、それを石臼で挽いて粉にする。
つゆも醤油・みりん・ざらめで「かえし」とやらを作り、
かつおぶしも○○産の・・・と薀蓄にはキリがなかった。
でも、サカタさんが打つ蕎麦は、
そんな薀蓄が厭味にならないほど、文句なしに旨かった。
細身の、コシのしゃっきりした、
サカタさんの人柄そのものの几帳面な蕎麦だった。

サカタさんの夢は、末の女の子が大きくなったら
彼女に粉を挽かせて、彼が蕎麦を打ち、奥さんが接客する、
本物の蕎麦をふるまう小さな店を持つことだった。

そんなサカタさんが癌の告知を受けたのは3年前。
「余命半年」と医師は本人に伝えた。
即入院。即手術。
退院はしたものの、予断を許さない状況は続いた。
抗癌剤のせいで、髪は抜け、皮膚はしぼみ、
体重・体力はがくんと落ちた。
しかし、不思議なことに「痛み」は出なかった。

残された時間を計りながら、サカタさんは
「いずれ」「退職後に」と描いていた夢を
めまぐるしい速さで実現させようとした。

末の女の子が通う授産施設にかけあい、
通所生に蕎麦を挽く作業を加えてもらい、
挽いた粉をサカタさん自身が買い取り、蕎麦を試作する。
サカタさんが所属している地元の蕎麦会のメンバーに
自分の思いを伝え、賛同者を募る。
不動産屋をまわり、店舗物件を探す。
一方で、家のそばに畑を借り、そこで薬味に使う
葱や辛味大根を育てていた。
新しい治療法があると知れば、積極的にそれを受けた。

それだけ奔走すれば、疲労はたまる。
しかし、それはそのままサカタさん自身の生きる力になった。

「余命半年」の告知から、2年半が過ぎていた。

昨夏の猛暑を無事、乗り切った。
新蕎麦の実りを楽しみにしていた。
「いい貸物件が見つかった」と嬉しそうに電話をくれた。
冗談混じりの明るい声を聞きながら、
「このままサカタさんは生き続ける」と私は思った。
願いや祈りというより、確信に近かった。
その2週間後、サカタさんは、あっけなく、逝った。

サカタさんは、毎年「お歳暮代わり」と言って
大晦日に、自分の打った蕎麦を贈ってくれていた。
我が家では、それを鴨南蛮にして食べるのが通例だった。
昨年末、お正月の食材の買い出しで、
うっかりと材料の合鴨を買ってしまい、家に帰ってから
「ああ、馬鹿だな、私。
サカタさんの蕎麦はもう食べられないのに」
と気づいて、少し泣いた。
涙を封じるために合鴨は冷凍庫の底にしまった。

ミホさんが、こんかい我が家を訪ねてくれたのは

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# by senriko | 2005-03-06 21:05 | 出逢い

被害妄想の会会員No.2

ここ2日、風邪を引いて寝込んだ。

「寝てていいよ」と夫は言ってくれる。
とはいうものの、
夫は、決算期を控え仕事が忙しくなってくる時期。
娘は試験前。
息子はサッカーやら卒業式の練習やらでくたくた。

みんなそれぞれの都合で忙しい。

洗濯物はたまる。
部屋の隅にホコリはたまる。
シンクには食器がたまる。

夕方、夫から電話で、
今夜も仕事で帰りが遅くなるから、と連絡がある。
「寝てていいよ」と夫は言ってくれる。

ありがとう。

だからと言って、家事の量が減ってくれるわけではない。

よっこらしょ。

冷蔵庫のありあわせの野菜とお肉でなんとか夕食を作り、
テーブルに散らかったお菓子のゴミと新聞を片付け
脱ぎ散らかした靴下やパジャマを洗濯機に放り込み
食器を食洗機に放り込み、
洗濯物をたたんでいたら
ごほごほと咳が出て、ついでに涙が出てきた。
洗い立てのタオルで顔を覆う。

家族のための家事は私が、
家族の看病は私が、
そして私の看病をしてくれるひとはいない。
自分が大切に築いたものの重さに
こんなふうに時々押しつぶされそうになる。

とろとろのおかゆ、誰か食べさせて~。
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# by senriko | 2005-02-17 23:12 | 結婚

スタンド・バイ・ミー

義理だよ~!
と書かれた手紙と、不恰好なチョコが
無造作にダイニングテーブルに載っていた。

息子が学校でもらってきたらしい。
ゲームに熱中する息子の後ろ姿に問う。
私 「何これ?バレンタインのチョコ?誰からもらったの?」
息子「・・・エリカ」
私 「え~!よかったじゃん。もらえて」
息子「別に。読んだ?ちゃんと義理って書いてあるし」

エリカちゃん。
ついこの間のことだから覚えてる。
年末、この子に年賀状書いてたっけな~。
クラスとサッカーの友達宛てのに混じって
1枚だけ女の子へのがあった。

私 「およっ。誰?エ・リ・カちゃん、かぁ~。この子のこと好きなの?」
息子「ううん。全ッッ然!!」
私 「あやしいなぁ~。なら、なんで年賀状出すの?」
息子「だってエリカが『年賀状よこせ!じゃないと殺す!』って言うんだもん」

そのとき本当に、息子の目はおびえていた。

小学5年生。
この年齢は、女の子のほうが成長が早い。体格もいい。
「男子どけどけ~!」とワガモノガオで校内を闊歩してるに違いない。
思春期の入り口に差し掛かって、素直にコトバが出せなくなってくる。

そして、バレンタインの今日。
エリカちゃんは「義理だよ」とわざわざ断りを入れて
3連休の何時間かをかけて作ったチョコをくれた、わけだ。
年賀状は、たぶん前哨戦だった、わけだ。
言うまでもなく、この子は息子に惚れてくれた、わけだ。

ありがとう、愚息のことを。
母としてココロより御礼申し上げます。

私 「でもさぁ、なんか一生懸命作ってくれたみたいだよ」
息子「さっき1個食べたら、ゲロまず。あとママにあげる」

気づいてやれよ~。

・・・いや。
気づかなくていいのか。

まだ「スタンド・バイ・ミー」な息子。
頭の中はサッカーとゲームのことでいっぱいだ。
あと少ししたら、女の子のことだけでいっぱいになる。

今を楽しめ。
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# by senriko | 2005-02-14 21:35 | 娘と息子

ママ友

今まで、なにかと「おばさま」をネタにしてきたが、
私自身が予備軍域にどっぷり足を踏み入れていることは
認めざるを得ないことで、しかも、それなりに
そこがとても居心地のいい場所であることも知っている。

今夜は、ママ友との飲み会があった。

今回集まったメンバーというのは、
現在、高校1年の娘が小学校の頃に務めた
PTA役員の人達で、各学年の各クラスから
自薦他薦(くじびきで、やむなく、というケースも)で召集された面々。

その年は学校の創立20周年で、やたらと記念行事が多く
役員を引き受けるのを敬遠された年だったのだが、
最初は会議室に集められた不安げな表情のメンバーが
毎回顔をあわせるうちに、なんとなく、みんな気が合い、
冗談を飛ばしあいながら、気持ちよく年間の行事を乗り切り、
1年が過ぎる頃には、すっかり仲良くなった。
自信をつけた幾人かは、そのあとも続けてPTA活動にいそしんでいる。

とっくに娘が卒業した私でも、飲み会には今も声をかけてもらう。
メンバーの年齢もさまざまで、
20代後半のヤンママ層(と、まだ呼んであげたい)
もいれば、介護世代の50代もいる。
社会的弱者な言われ方をする主婦だけれど、
何の肩書きもいらず、学歴や年齢も気にせず、
ただ「○○ちゃんのママ」というだけで
お互いにフラットな関係を持てるのは、かえって嬉しいときもある。

今回も「7名以上のグループ様マイクロバスで送迎無料」の
比較的近所の居酒屋になったのだけれど、
ホントのことを言うと、メンバーの中には、あまり好きじゃないヒトもいる。
そのコイズミさんというヒトは「知ってるゥ~?」という前フリで
誰かのうわさ話に引き込むのがお得意なのだ。

でも、別のママ友は、
「ほらほら、コイズミの講演会が始まったよ~♪」
と大袈裟に切り返し、全員がどっと笑い、それから
コイズミさんの言い分を一通り、聞いてあげるけれど、
ほどよく受け流すゆとりもある。
そういう彼女たちが、とてもいい、と思う。

今回のコイズミの主張は

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# by senriko | 2005-02-11 22:43 | 40ans